大都会

良明

2008年02月14日 02:55



今から26年前の2月17日、当時19歳の僕は東京へ憧れ片道だけのチケットとギターを持ち、家を飛び出した。
家をでる時に母から持たされたのは真っ新のモモヒキ上下に寝袋。野宿するつもりなんかないけどな〜っと思いながらもとりあえずバッグの底に詰め込んだ。

おりしも東京では前週にホテルの大火災、その翌日には逆噴射による飛行機の墜落事故と災難続きだったが、同じ航空会社で二度も続けて事故はないだろう…と単純な発想で買ったJ社のスカイメイトチケットで空席待ちをし、いざ搭乗。全ての乗客が乗ったあとも機内はだいぶ空いていたので(そりゃそうか)、勝手に窓際へ移動し暫らく戻らないと思っていた沖縄を上空から眺めていた。

そうしているのもつかの間、前日ろくに寝れなかったおかげかすぐに夢の中へ。何かを探している夢でも見ていたのかは定かでないが、客室乗務員の「皆様、当機左手に富士山が御覧になれます。」というアナウンスで昼寝にしては長い眠りから目が覚めた。

促されるまま寝ぼけ眼で左手を見つめると、向こう側の窓際のおっさんのつむじがよ〜く見えた…。その人の覗き窓がなかなか明け渡されそうもなく、僕もおっさんの後頭部に見飽きたのでしかたなく富士山を諦めた時、さっきから糸電話の用な音で周りの音が聞こえている事を思いだした。

何度も、唾を飲み込んだり・欠伸をしたり・指を耳に突っ込んでは出し入れしたり、してみたものの一向に良くならない。それどころか飛行機が高度を下げる程に糸電話の紙コップが小さくなっていく感覚と、耳の奥の痛みが増して来た。
痛みの原因が何かも分からず、どうしたら良いかも知らない田舎の少年はただひたすら耐え、窓の外に視線を向けていた。

着陸寸前、誘導灯が整然と並んでいる中、飛行機の残骸がまだ海上に剥き出しになっている墜落現場を飛び越え、機は無事に羽田へとたどり着いた。

  --これも、つづく--

*写真はこの数日後新宿中央公園から撮影。この頃はまだ都庁等は無く、もうこのアングルの写真は撮れないはずヨ。*